昭和四十七年七月四日
御理解第四十九節、「信心は相縁機縁」


お互いが御信心を頂くようになった、そもそもの時分の事を思うてみると、正しく信心は相縁機縁だなあと、不思議な神様の縁の糸にあやつられながら、おかげを受けておる事を、各々が感じられる事だろうと思います。
 信心と云うのは、そういう不思議な神様の働きを、不思議な働きとして、特別の働きを受けておるとして、そこのところをお礼を申し上げる、そこからね、言わば問題が解決してくる程しの、おかげになつてくると思うです。
 今こゝへ手紙が来とります、この方は京都府の竹野という所、随分田舎らしいのです。高家常之助さんという、もう必ずこゝでのお祭りとか、何とかいう時には、ねんごろな手紙と同時に、お礼のお初穂を同封して、丁度こゝの御普請が始まろうとする年に、ご縁を頂かれた方なんです。
 それがどういう縁であるかと云うと、この方はこちらの養子に行かれた方なんです。おとなしい律儀な方です、字を見ても、いつもそう思うのですけれども、律儀な方ですけれども、何か家庭不和の為に、養子に行っておられる所から、黙ってこちらへ帰って来ておられる、こちらには身寄りが無いらしいのです。
 それで中学時代の友達を思い出したという、その中学時代の友達と云うのが、鳥栖の上野さんなんです。それがまあ何十年ぶりですねえ、中学生の時別れたぎりでしたから、それでもまあ、ふらっとしてこちらへ見えられて、それから、鳥栖の上野さん一家があゝして、こゝへ一生懸命お参りして来ますから、お参りをして来て、お話を頂いて、まあ感心して、それから丁度こゝの御造営の、基礎の時分ですかねえ、信者さん方がみんな奉仕に見えておった時分ですから、毎日毎日お弁当持ちで奉仕に見えた、それだけなんです。
 それがやっぱり二十日位続きましたでしょうか。そのうちに自分も心のうちに、感じられるところがあって、又帰られて、現在五、六年になりますか、円満におかげ頂いておられる、思うてみると不思議な縁ですもんねえ。
 それから色々な事が、手紙とか、電報ですけれども、お願いなさって、ひとつひとつおかげを受けて行かれる、してみると、その家庭の不和の為に、家出までしてこられた、その不和の為に家出をされる時の自分という者を、神様が思われたらね、矢張り神様が、感動なさるような気がします。
 私は先日、私の講話のそれを読ませて頂いておりましたら、久富繁雄さんが一番初めに、入信のおかげを頂かれるところが、お話に出て来るのですよ。
 奥さんがあのように難渋な病気で、リヤカ―で毎日毎日送って来られて、そしてまあ云うなら、医者も薬も見離されたような病気から、おかげを頂いてそして、それ以来足も痛むといったような事も無しに、以来健康のおかげを頂いておられる。
 それが たまたまいとこさんが、いつもリヤカ―引っ張って来るのですけれども、あんまり毎日毎日いとこにばっかり迷惑かけちゃならんから、今日は俺が送ってやろうと云うて、もう少し歩けれるようになりましたから、勿体島まで送ってやろうと、それで勿体島からぼちぼち歩く稽古に歩いてから、おかげ頂きゃよかたいと云う約束で、勿体島まで見えたところが、もうこゝまで来たけんで、そんなら前まで送ってやろうたいと云うて、当時の椛目の丁度通り側の方から、表へ自転車を立てゝ奥さんを中へ入れて、帰ろうと思ったけれど、丁度お月次祭で、終ってお説教があっておるところでした。その当時はお広前が狭いですから、みんなが庭に立って、お説教を頂くと云うような時代でしたが、一歩足を庭に踏み入れられた途端、私がこうお話をしておる「あら変わった方が見えたな」と云うなら眼と眼が会うたところの時に、もう既に私と繁雄さんとの交流が始まったような感じがする。
 その辺のところをね、勿体島まで送ってやろうたい、と云うておられるところでもう、どんこんされんごと感動するのです私は、それは先の事を私がよく知ってるからでもありましょうけれどもね、はあ、この人が勿体島までと云うて見えて、それから椛目まで足を伸ばされる、そして庭に足を一歩踏み入れられたのが縁の元であって、以来あゝした熱心な、云うなら椛目ではもう、おってもらわなければ困るという程しの所迄信心を、もう一家だけではありません親戚の皆さん迄が、御縁を頂かれたという事になる。
 ですからその、そんなら俺が勿体島まで送ってやろうたい、と云うそういうところがです、あれからあゝなつて こうなってくるんだという事を思うただけで、私は感動するというのは、これはあながち私の感動ではなくて、神様の矢張り感動であろうと思うのですよねえ、これは高家常之助さんでもそうです、縁というのは、そういうような、しかも京都と九州とのそういう隔たりはあるけれどもいわゆる縁が、本当の意味に於いての相縁、よっぽど合楽と縁が合うとっただろうと云う事になります。そんならその上野さんの所にまあ頼って見えられた訳で、たまたまこゝの御造営の、下準備があっておる時に、毎日毎日奉仕に出て見えられたと云うだけ、その元であるところの、上野さんと云うのもそうである。
 或る教会の総代迄なさっておられたけれども、信者さん、先生との間に、ひとつのトラブルが起きた訳なんです、それでまあ参ろうにも参られんちゅうごたる風な事になって、ところが段々難儀な問題が起きてくる、一番初めの縁は、大体は長男ですけれども、弟さんに本家を取って、自分達はある事情で別れて、他所の家を借りておられた。それがその借りておられる家が、もう日にちを切って、さあ出てくれ、もう出てくれと云うような事であって、それに思い余って、椛目に見えたのが一番始まり。
 私はそん時に、本当に大家さんが良い人で、まあえゝですが、ゆつくり探しなさいとかなんとか、云われとったら、おそらくその当時の椛目には、お引き寄せ頂いてなかったと思う。もう日にちを切って、さあもうと云われるその辺のところにです、神様のもう本当にそれから広がっていく、合楽と上野さんとの家に広がっていく、不思議な有難い縁というものは、限りなく広がっていきよりますですねえ、そして本当にもう言いなりのおかげを頂かれ、もう本当に次々と、それこそ言いなり、願いなりのおかげを頂かれて、勿論熱心に、あの当時鳥栖から一家をあげて、自転車三台に分乗してから毎日参って来よりました。それがたまたま、あちらの寿磨子さんが東京に縁があって、そして東京に嫁に、それも矢張り善導寺の久保山と、私との縁から、つながっての事でございますけれども、あちらの仲人で東京へ行かれた。
 そんな訳で私の方と間接的に、東京の小西の家に縁が出来て参りましてから、まあ縁にこちらが頼って、若先生が大学受験の為東京へ行って、あそこへ宿を借らせて頂いたのが縁で、そちらから五、六年後には娘を、云うなら合楽の二代目を継ぐであろう若先生の嫁さんが、あちらから来た事になります。
 それはもう、たどればたどる程ですね、その縁の不思議さと云うものを、感じん訳に参りません、そういうような縁がそんなら椛目の方へ、勝美さんを養子に貰うと云う事まで、進展して参っております。しかもこれから、どういう風に広がっていくやら分らん程しの、有難い事になってくる。
 各々の所を思うて見てもそうです、あの場合は逆縁と思われるような縁が、かえって相縁になっていっておりましたり、不思議な、云うなら縁の糸にあやつられ乍ら、お互いがおかげを頂き、云うなら難儀とは、縁が切れて有難い事にのみ、縁がつながっていくと云う、おかげを受けようとしている人、受けている人、と云う事になります。ですからね、もう本当に矢張り、殆どの人が、その難儀と云う事が、御神縁になっておる元になっておるのですから、その難儀というものが、いかに深縁であるかと云う事です。勿論、深縁というのは、深い縁と云う事です。しかも又それが神縁と云う事につながる事かと思いますとね、その、愈難儀の実態と云うものがです分からして頂かなければならない。
 普通に申します、信者は愛縁機縁と、これは信心だけではありません、全ての事がそれこそ、袖すり合うも多少の縁と云われる位ですから、その縁の不思議さと云うものを、感じずにはいられませんけれども。
 今朝からいつもの時間に、控に出て参りましたら、ク―ラ―が電気が通わなくて使用できない、それで今朝方から又、二時半頃でしたでしょうか、そこの工事現場の小屋が、道路の方へ飛んでおると云う事。おかげを頂いてまあ、怪我人もなしに済みまして、それから警察から見えたりして、赤電気やらをつけさせておるにもかゝわらず、一時間位して、自動車が一台あれに突っ込んで、まあ怪我人はなかったらしいけれども、そのような危険な事がございましたそうです。ですから、そういうような事からでも、矢張り困った事のようにありますけれども、神様との縁というものが、もう出来ていきよる訳です。けれどもそれを、その縁と分からずにいく人、その事が縁になって本当の幸せになっていく人、様々ですけれども。
 丁度大払式が三十日で、一日のお月次祭の時に、北野の中村さんが、お礼お届けをしておりました。それが、あちらの清さんが報国タクシ―に勤めて、もう十何年になりますでしょうけれども、まだ一回も事故を起こしたことが無い、そういう制度が出来てから五年だそうですが、無事故であるという一年一年表彰を受けて、いろんな物を頂いとります、それであそこの家に参りますと、神様の部屋にはず―っと、毎年毎年表彰を受けた 額がかかっておる訳でございますけれども、たまたま大祓の日に、ちょっとした違反でひっかゝりましてね、それでまあおかげを頂いて内々で済んで、怪我をしたとか何とかじゃありませんけれども、何かル―ルを違反したとかいった事じゃないでしょうか、どっちかと云うと非常に荒い運転をします、だから、それけんち云うてから私が、初美さんに申しましたけれども、あんた方の清さんが運転が上手という訳じゃ無い、と私は思うと、けれども十何年間、しかもあゝいう毎日毎日走り回るタクシ―ですから、しておるのに、本当に無事故というおかげを頂いとるだけでも、大変なおかげの中にあると云う事を、まあ感じてはおろうけれども、もつともっと感じにゃいけないねと。
 私が普通なら云わんけれども、大祓の日であったというだけにね私は一言清さんに云うておきたいから、帰ったらそげん話しときなさいと、云うた事ですけれどもね。
 まあ報国タクシ―に、どれ程の車があるか分らんけれども、それ程のおかげを頂き、そんならこれ程の信心を頂いておりながらね、自分の同僚の車、いわゆる報国タクシ―の会社の方にです、合楽の交通安全の事が、云われもしなければ、願いもしておらん、と云うような事でよかろうかと私が、例えば表彰を受けるたんびに、本当あんた、ふがよかのとか、あなたが丁寧だからという事であろうけれども、いや実は私はこうこうと、どうして云わんのだろうか。
 しかも沢山な毎年毎年事故で、払う金は沢山な事でございましょうが、それには尊い人命を落とすといったような事もやっぱりあるそれなの、に自分だけよければそれでよいのかと、自分だけそんなら、そういう表彰をされるような制度が五年前出来たが、もう五年間一辺もない、実を云うたら、十何年間勤めるようになってこの方それこそ小さい事故ひとつも起こしたことが無い、と云う事は只事とは思われない。
 それをそんなら今年の丁度、交通安全の祈願の日にです、こうしてお気付を頂いて、まあおかげであんたは内々で済んだから、と云う事がお礼の対象になっとろうけれども、これはお礼だけじゃいかんのじゃなかろうかねと、もうそれこそ、例えばそれが商売車の、毎日毎日何十台という車があろうがです、それを例えば向うが聞かんなら、その人達の事を祈られる位な信心は、もう出来とらにゃいかんのじゃなかろうか、ではない例えば、会社にそれを話して、お導きでもさしてもらう、と云うか、まあ車の交通安全の事だけでも良いから、話せる位な信心は出来なければいけんのじゃないだろうか、と云うてまあお話をした事ですけれども。
 もう、そういう素晴らしい御神縁を頂いて、しかもその御神縁のつながりが、そういうおかげにつながって行くのですから、私共が日々です、そういう有難い縁につながっていけれる人達が、自分の周囲に沢山ある事を知らなければない。
 私共は、商売させて頂いとる時に、新しいお得意さんが出来ますと、もうこの人は、金光様の信者さんにならっしゃったというようなかんじでした。勿論お届けもさせてもらうし、毎日御祈念もさせてもらいました。
 それでその縁が、つながらんなりに終っていく人が殆どでしたけれども、おかげ頂いとる私共としてはです、そういう縁に生きてくる、言わば縁は異なもの味なものと云うが、只異なものに終らせてしまわずに、味なものにつないでいく責任というものを、私共は感じなければいけんのじゃないだろうか。
 これは清さんだけの所ではありませんけれども、お互いのその縁というものは、実に不思議な事です、けれども、どこに相縁というか、縁が合うていく人やら分らんのですから、只奇縁と云うだけでなくて、その縁が愈育っていく事を願う事が、神様の云うなら、御神願にもお答え申し上げる、という事にもなるのです。
 ほんに縁ちや不思議なものだと云う事がです、縁というのは、それこそ深い深い神様の、いわゆる深縁のもとに、その縁が育てられてから、今日私共がおかげ頂いて、難儀との縁が切れ、幸せになっていく縁が出来かゝっていっておる訳です、お互い、ですから信心は確かに愛縁機縁、その相縁としてのおかげを頂いていくことの為に、私共が日々の手元のところを大事にという事は、そういう、云うならばそれは、どういうようなところからでも良い、私とのつながりが出来たそこから、御神縁の綱も投げ掛けていく、御用にお使い回しを頂かなければならんのじゃないだろうかと思うのです。各々が御神縁を頂いたと云う事をです、ずっと元の所から考えて見ますと、実に不思議な不思議な縁に操られ乍ら、しかも難儀のたんびにその信心の縁というものは、愈深うなっていき、おかげを蒙らして頂いておる。
 けれどもその難儀の為にと思いますけれども、その難儀とてもです、実は難儀ではないという事が翻然としてくる感じがする。
 繁雄さんが勿体島まで送ってやろうと云うとった、それだけの思いが、つい何とはなしに、縁の糸に操られ乍ら、椛目のお広前にお引き寄せ頂かれたのが、今日、久富と合楽との縁であり、その又縁につながる人達が、おかげを頂いておるというような所から、思うて見てもです、本当に信心の縁の不思議さと云うものを感じます。だからその不思議な縁を、私共が有難い縁にしていくところに、信心があるのじゃないかと思いますね。        どうぞ。